ダイアモンド 私を見下ろし、踏み潰しながら歩く人が見える。 皆一様に無感動で、少しざわめきながらも、手を差し伸べる人はいない。 もはや私は、生きているのか死んでいるのかもわからない。ただ、意識は一人、一人だけを向いていた。 愛したあいしたアイシタ貴方。 あなただけは…と救いを求めて差し出した手を振り解き、貴方は私に一瞥をくれて 「汚い女が」と言った。確かに言った。 私は、どうしていいかわからなくて、その場から逃げようとした−ところで思い出した。私は飛び降りたのだ。足なんてあらぬ方向へ向いているし、頭からは血。どう見ても、逃げられはしない。 私は、担架に乗せられながら、医師に必死に懇願をしていた。 「先生、治療なんかいりません。それは救いじゃないし、救いなんかどこにもないんです。彼は最後にキスだけくれて、お金を持って消えた男で、それに惚れた私が、…惚れたのが、運のつきでしょう。」 医師は、驚いた様子で私の顔を覗き込んだ。 「治療をしないというのかね、それはつまり、死ぬということだけれど。」 私は、静かに微笑んで、頷いた。相変わらず、あたりは私のせいで騒々しい。救急車なんかいつの間にきたのか、誰が呼んだのか、皆目見当もつかなかった。 私は、きっとうつろな目で、それでも医師をまっすぐ見て言った。 「はい、一人では生きられないんです。」 医師は、なおも私を説得しようと、手練手管甘言で、私を惑わせる。 「生きていれば、彼は帰ってくるかもしれない。」 「こないこと、私が一番知っています。」 「彼に復讐だって、できるだろう。」 医師の言葉で、私は思考を停止した。復讐?なぜ?なぜ復讐するのか?なぜ、復讐しないのか? 答えはすぐに、見つかった。 「私、あの人めがけて落ちました。地に咲いた血の花、綺麗でしょう。あの人は、知らない誰かの肩を抱いて逃げたけど、それでも。」 口はうまく回らないし、意識も朦朧としてくる。 「それでも、私はあの人が好きで」 いったん、言葉を切る。 「矢張り、独りでは生きられないんです。」 数分後、救急車は音もなく去っていった。 end 2010 4 20 UP |